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Chiekoのときどき日記


(2004/07)


2004/07/26(Mon)
レコーディングのこと
ある曲のレコーディングが一通り終わったので、ミックスをしています。
最終的には、全曲録り終わった後にミックスしなおすと思うのですが、とりあえず1曲終わるごとにミックスするのが、今のChiekovskyのやり方です。
ある曲を録音するとなったら、まず、どのパートをどんな風に入れるか、をある程度決めて、各パートのアレンジを練って、順番にMTRに録音していきます。だいたい、打ち込みドラムが入る場合はドラムを流し込んで、次にアコギ(コード系)を入れます。その次は条件によって変わるのですが、重ねるアコギやベース、エレキ、パーカッション、etc・・・を、順次重ねて行きます。平行して、スタジオに入れた時に、ボーカル、コーラスなどを録音します。ギター系、ベース担当のNaOHは、ドラム、アコギ、ボーカルの入った基本的なものから、その曲を盛り上げたりアクセントをつけるために、何度も何度もその基本の音を聞きながら音を重ねていきます。そうして、最終的な弾き方を決めて、それを録音します。だいたいココで、その曲の全体像ができた・・・と言うには、まだ早いのです。
普段、CDやテレビ、ラジオなどで耳にする音楽は、録音された音がそのまま使われているということは、ほとんど無いのかもしれません。1つの曲の中には、幾つもの楽器やいろんな物の音が入っているけど、それらがうまくかみ合って聴こえるよう、さらに歌が邪魔されずにきちんと聴こえるよう、細かな調整がたくさんされています。それで、違和感無く、聴こえるのだと思います。そのような調整作業が、ミックスにあたります。
そこで、そうして録音したものをMTRからPC上に流し込み、logicというソフトでミックスをします。ミックスでは、各パートの音量調整をしたり、コンプやリバーブをかけます。パンを振って、場合によってはEQをかけてみたりします。そうすると、音がぐっと立体的になって、この段階で、初めて曲の完成までの見通しが立つ、という感じです。アレンジして録音する段階で、いまいちイメージに合わないのでは・・・と心配があっても、ミックスして音が整理された中で聴くと、案外ハマッていることがあります。逆に、「迫力を出したい」と思って音を重ねても、いざミックスしてみると、それほど効果的なアレンジでなくて結局音を削った、ということもありました。
そんなわけで、ミックスはすごく重要な作業です。とは言っても、もっと重要なのはやっぱりアレンジ。そして、きちんと録音することなんですね!アレンジがきちんとできていたり、録音がしっかりできていれば、ミックス作業もわりとスパッと決まるような気がするのです。特に、Chiekovskyの場合は、ミックスは、音本来の持ち味を殺さないための作業なので、その前段階の(音を録る、組み立てる)作業が大事なんだなー、と、レコーディングを重ねるごとに感じます。

でも、ミックス作業は楽しいです!
自分の曲を客観的に聴けるので。それに比べると、レコーディングの方がハードです。
1つの曲がミックスまでこぎつける度、「次の曲もがんばろう!!」という気持ちになって、次のレコーディングに望める、という感じでやっています。


2004/07/23(Fri)
海を抱く
久しぶりに小説を読みました!村山由佳の「BAD KIDS-海を抱く-」。
村山由佳の小説はとても好きで、出るとほとんど読んでいるのですが、出産してからはすっかり遠ざかっていたのです。
先週、子供連れて図書館に行った時に偶然みつけて、まだ読んでなかったので、さっそく借りて読みました。
小説は、いいなぁ〜
家にいながらにして、旅ができる。いろんな人と出会えたり、いろんな気持ちを経験できる!
この小説の主人公は、高校生の男の子と女の子なので、今の私(子持ちの専業主婦)に果たして共感できるか、ちょっと不安を感じながら読み始めたのですが、読みながらそんなことは忘れていました。
自分がかつて感じていた漠然とした不安や疑い、絶望とか孤独感とか。。。結構鮮明に思い出してしまったし、エピソードの中には、本当に私自身が体験した出来事とひどく重なる部分もあって、そんな場面では本当に胸がつまりそうになってしまいました。でもそれを差し引いても、読んでいて感情が揺さぶられると言うか、そんな感覚でした。
そこが、村山由佳の小説の好きなところです。
言葉はわかりやすく、どちらかといえば現代的だし、決して技巧的じゃないと思います。登場人物の心情についても、ストレートに描かれていると思います。ストーリーも淡々としていて、ハッピーエンドでも何かが解決するわけでもない。物語の中で、登場人物は傷ついたり、不幸に出会ったり、挫折したりして、それは特別に解決することもなく、ただなるようになって、物語は終わるのです。
でも、読み終わるといつも、なんかすがすがしい気分になる、というか。
それは、「不幸を乗り越えて強くなっていく」というような単純なものではないけど、たとえどんな出来事が起きようと、人生はなんらかの形で続いていく(生きている限り)という、ただその事実を描いて、物語が終わるからなんだろうと思います。
誰もが経験したり思ったりすること、すごく平凡で当たり前のことを、説得力ある形で切り取って、小説として表現しているんだと思います。そこが村山由佳の小説の好きな点だし、(おこがましいけど)自分も、歌詞を書く時に、そういうことを書きたい!といつも思っているんです。
ところで、村山由佳さんは、デビュー作の「エンジェルズ・エッグ」を始め、10〜20代前半の人を主人公にした小説がこの人の真骨頂かと思いますが、個人的には「野生の風」という作品が好きです。こまやかな描写と、女性のきりっとしたしたたかさが印象的な作品でした。




2004/07/02(Fri)
Chiekovskyの存在意義について考えた。
6/29のイベント「ami party」では、Chiekovskyを含め、全ての参加メンバーは、女性ボーカル+アコースティックギター(+α)という編成でした。にも関わらず、どのユニットもそれぞれ、ボーカル、楽曲、ギターアレンジ、雰囲気、みんな違って、それがまたそれぞれ素敵でした。事情により、私は最後までいられなかったけど、リハのちょっとした演奏を聴いただけでも、それはひしひしと感じたのです。
ami partyの帰り道、一人電車に乗りながら、イベントの内容を思い返して、考えました。
Chiekovskyはどんなユニットになりたいんだろう?どんな方向を目指せばいいんだろう?どんな部分を磨いていけばいいんだろう?
足りない点を補うべきか?優れている部分をより伸ばすべきか?・・・などなど。
すぐには答えが出ません。
たとえば曲に関しても、Chiekovskyの歌詞は特に難しい言葉や特徴的な比ゆ表現なども使わない、普通の言葉で書いていると思うし、メロディーもひねったものよりはシンプルで美しいものを作りたいと思っている。ギターやアレンジも、奇抜なテクニックを使って耳を引くタイプではないし、ボーカルも、すごく特徴的な歌い方・声でもないと思う。でも、Chiekovskyとして表現したいものは確かにあるし、自分達がこうありたい、と思って今のスタイルをやっている。その点で、自分達にしか作れない音楽を生み出している、と信じてはいるのだけど、「ここがこういうふうに他のユニットとはちがうんです!」とハッキリ言葉で差別化するのが難しいな〜と思うのです。アルバムを出すと決まったときに、キラキラレコードの大島さんともこのようなことが話題に上がりました。つまり、これから活動していく上で、私たちはこの事を常に意識していかなくてはならないのだと思います。もちろん、今までも漠然と考えたことはありました。が、今回のイベントでは、形態的にChiekovskyと同じようなユニットばかりが集まった中で、そしてどのユニットも演奏レベルが高い中で、自分達の独自性というものについて、否応なしに考えざるを得ないのでした。

それでもChiekovskyにしかお客さんにしてあげられないことは何だ?????・・・・

最近、健康管理もうまく行かず、日常生活もキビシクなっている上に、レコーディングも思うように進まなくて、ちょっと落ち込みぎみのChiekoでしたが、今回のライブは頑張って出演した甲斐がありました。出演者のみなさんもホントにいいメンバーで、新しい交流ができたことは、それも大事な宝物です。そして、Chiekovskyの今後の活動を考える上で、すごく重要なきっかけを得たイベントでもありました。まだまだ、明確な答えは出ないけど、これからのアルバム制作にも生かしていきたい問いです。

My Diary Version 1.21
[ 管理者:Chieko 著作:じゃわ ]